生き延びる才覚を学ぶ
ー 嫁の私 ー
お立ち寄りありがとうございます。
アルツハイマー型認知症義理の親(妖怪後3)
ふしぎな生活を見守る嫁の私です。
気がついたことを書いています。
同じ戦後でも、生き方はひとりひとりが違うんですね。

昨夜は、友人とそのお母様(89歳)が遊びに来ました。
お母様のお話が、とても心に残ります。
お母様が幼い頃、家の近くにアメリカの飛行機が落ちて来たそうです。
のぞいたら、操縦士が女の人でたいへん驚かれたと。
戦後、お母様は子供を抱えながら、布団に綿を詰める仕事をされます。
お針子さんという職業です。
笑いながら「こんなんやで」手をみせてくださいました。
指の関節が、曲がったままゴツゴツしています。
私の祖母も、年末に布団の綿の入れ替えをしていたことを覚えてます。
昔は、「使い捨て」という贅沢品はなかったんですね。
古くなった綿を天日干しをし、ふっくらさせます。
それを詰め直して、再び布団をつかうのです。
心良い暮らしでした。
お母様は、目を輝かせながら、お針の仕事を何度も話してくれます。
大切な宝物なんでしょうね。
うちの義理の母おかんといえば、若い頃ほとんど
仕事をしたことがないそうです。
祖父が自分を可愛がってくれて、何不自由なく暮らせたといいます。
「結婚して失敗したんや、カラーテレビも買ってもらえなかった」
とぼやいてます。
おかんの浪費癖や子供の気持ちを考えない所は、幼い頃からの
暮らしが関係しているのではないでしょうか。
同じ戦後でも、こんなにも、考え方や暮らし方が違うのですね。
昔話って、本人の心の根底がよくわかると思いました。
おしまい。
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(^_^)/せばね~
子の心、親知らず🌷
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最終更新日 : 2022-09-16
Re: なっつばー 様へ * by -
なっつさんいつもありがとうございます。
うちの実の母も、言ってました。
ビンを持って、お醤油を買いに行く・・・
母はそれがとても嫌だったって。w
私は、家が建っていく過程が好きでよく見にいきました。
完成すると、お祝い餅をまくから拾うの楽しかったです。
大人は誰も怒らないし、よく見なさいと。
素敵な時代です。
懐かしいです。
なっつさん、素敵なお話をありがとうございます。
また聴かせてくださいね。
しまぽよより
うちの実の母も、言ってました。
ビンを持って、お醤油を買いに行く・・・
母はそれがとても嫌だったって。w
私は、家が建っていく過程が好きでよく見にいきました。
完成すると、お祝い餅をまくから拾うの楽しかったです。
大人は誰も怒らないし、よく見なさいと。
素敵な時代です。
懐かしいです。
なっつさん、素敵なお話をありがとうございます。
また聴かせてくださいね。
しまぽよより
No Subject * by ほんなあほな。
あら、夕飯のお魚、大漁~♪
私が子供の頃、家のオカンも布団の綿の入れ替え、打ち直しをしていました^^
大掃除では、畳も上げて、畳の下の新聞紙を入れ替えて、畳は干して、パンパンしたり。思い出しました^^v
私が子供の頃、家のオカンも布団の綿の入れ替え、打ち直しをしていました^^
大掃除では、畳も上げて、畳の下の新聞紙を入れ替えて、畳は干して、パンパンしたり。思い出しました^^v
Re: ほんなあほな。 様へ * by -
ほなさんいつもありがとうございます。
うちも畳をパンパンたたく、新聞ひいてありました。
懐かしい思い出は、宝箱をあけるような感じですね。
大人になった私は、畳をパンパンたたかなくなりましたよ。
少し寂しい気がします。
ほなさんのお陰で、私も思い出しました。幸せです。
ありがとうございます。
しまぽよより
うちも畳をパンパンたたく、新聞ひいてありました。
懐かしい思い出は、宝箱をあけるような感じですね。
大人になった私は、畳をパンパンたたかなくなりましたよ。
少し寂しい気がします。
ほなさんのお陰で、私も思い出しました。幸せです。
ありがとうございます。
しまぽよより
祖母も家で打ち直ししていましたよ。
広げた布団綿を、袋状になってる布団生地に詰め込む作業が面白かったです。
何だか魔法みたいに布団が出来上がっちゃうんですよね。
お醤油屋さんも、瓶を持って買いに行くとその場で詰めてくれました。
今みたいにスーパーマーケットがなかった時代には、作り手の姿が近くにあって良かったです。
そして子供が一人で見に行っても、誰も邪魔にしなかった。
地域の子どもって感じで、みんなが知っている間柄でしたね。
あれ、私もオバーチャンの昔話ですね。(笑)